はじめに-患者さんと良好な関係を築くために
ORTの皆さんの中には、いろいろな動機で資格を取られた方がいると思います。
「子供が好きだから」という方も多いと思いますが、実は子供が苦手だなぁと言う方もいらっしゃるはず。
逆に身内にご高齢の方がいて、そのような年代の方たちの役に立ちたいと考えているかたもいるかもしれませんね。
もともとORTの制度は、斜視や弱視の子供たちの異常の早期発見や対応ができるように、専門的な技術や能力・知識をもった検査スタッフを養成するためにスタートしました。子供の検査に対応できる専門的知識やスキルが高いORTが優れているとされ、そのような技能だけが評価されていた時代もありました。
しかし現代のORTに求められているのは、
実はもっと幅広い知識と技能なのです。
現在でも斜視弱視の子供に対する検査や判断する技術が、従来と同じように基本であるということに違いはありません。
しかし、現代のORTの仕事は「視力を測って眼位の異常を確認して、眼圧を測れば、終わり!」ではありません。
たとえ比較的小規模の診療所であっても、近年開業したようなところでは検査機器が充実しています。緑内障の診断のために静的量的視野計をあたりまえに備えていますし、眼底の記録のための眼底カメラは普通に設備されています。ごく最近では大きな病院でなくてもOCTも備えている所も珍しくありません。これらの機器の操作は当然ですがORTが担当します。
つまり、現在ではORTが受け持つ守備範囲がとても広くなっているのです。
また、検査対象の患者さんの年齢層もとても幅広いのが実状です。
高齢化社会になって、眼科を受診する患者さんの年齢層も高齢化してきています。
街の眼科には高齢者が溢れていて、
「子ども専門病院に勤めないと子供の患者さんに出会えない…ORTになったけど、子どもの斜視弱視なんて何カ月も見かけないな」
そんな社会になりそうな気配があります。
社会の変化に伴ってORTの仕事も大きく変わって来ましたので、
このような変化に対応できる能力もORTに求められているのですね。
さて、導入が長くなりましたが、
今回は幅広い年齢層の患者さんに対応するための心構えとスキルについて、述べたいと思います。
あくまでも眼科臨床医としての経験から皆さんのお役に立ちそうな個人的なノウハウとスキルについての話題ですので、必要ないと思ったら読み飛ばしてください。
スキル①患者との距離感の掴みかた パーソナルスペースについて
私が初めての患者さんを診察するときには、診察室に入ってきた患者さんに必ず正面から向き合って挨拶をするようにします。
「正面から向き合って」というのがポイントです。
挨拶の言葉は、「おはようございます」でも「お待たせしました」でも「お疲れ様です」でも何でも構いません。
言葉そのものではなく、「正面から向き合って」目を合わせると言う状況こそが大切なのです。
診察したり検査する時に私たちは、
相手のパーソナルスペースに入らなければ作業ができません。
パーソナルスペースは、好意をもつ相手には侵入を許せる距離感ですが、知らない他人には入って欲しくない距離になります。
緊張が高まって不快になる空間、距離感ですね。
医療の現場で、医者や検査スタッフは、患者さんにとっては他人(=知らない人)です。
ですから、
「これから貴方のパーソナルスペースに入って診察や検査をさせていただきますね」
「これから仕事であなたのパーソナルスペースを侵害する行為を行いますが、仕事だから仕方ないんです、許してくださいね」
と言うサインを出してあげることが必要です。
挨拶という場面を使って「正面から目を合わせて顔を合わせ」パーソナルスペースに入る許しを得る必要があるのです。
これは、相手の年齢や性別に関係なく使えるテクニックです。
具体的には「正面から目を合わせる」ために
自分の目線を相手の顔の高さに合わせる
必要があります。
小さな子供や、背が低い高齢者の場合には、しゃがんで高さを合わせるように調整します。
また、相手の背が自分よりも高い場合には、先に相手に席を勧めて着席してもらってからアイコンタクトをはじめます。
キーポイントは「目の高さを合わせて」からサインを出すことです。
ORTが検査をする場合には、大抵は患者さんを座らせた状態で作業をすることが多いですね。
挨拶というサインなしに作業を始めてしまうと、患者さんの立場ではORTに上から目線での指示や説明を受け続けることになります。
逆の立場を想像してみて下さい。
もしあなたが待合室で長時間待たされた患者さんで、少しイライラしている状態だったとします。
椅子に座らされて、相手から上から目線で一方的に説明されたとします。
なんだか居心地悪くないですか?
ですから、挨拶する際に目線の高さを揃えることはとても大切なことなのです。
また、患者さんが自分よりも高齢者で目上の方の場合にも、このテクニックは応用できます。
高齢者の患者さんやご高齢の付き添いの方の中には、あからさまに
「自分の方が人生の先輩であり、貴方より私の方が偉い」
とマウントを取ってくる方がいます。
そのような場合に、マウントを取り合って対抗するのはお勧めできません。
マウントを取られた相手の不快感は強くなってしまいます。
先ずは対等な目線で挨拶しましょう。
その後に、相手がほんの少し目線を上げる必要があるような顔の高さに調整して説明を進めてみてください。
挨拶のタイミングを利用して、患者対医療者という立場では対等であるというサインを出して受け入れてもらうのです。
患者がその立場を受け入れる前と後では説明に対する態度が面白いように変わってきます。
ORTの仕事は機材を介して検査を進めることが多いのですが、
検査されるほうも検査するほうも人間である ということを忘れないでください。
その基本に立って人間関係を築ければ、ORTの仕事には大きな変化が生まれます。
次回は、パーソナルスペースに配慮した作業の仕方について掘り下げてみたいと思います。
近藤義之PROFILE
1955年東京都生まれ。日本眼科学会認定眼科専門医/一般社団法人みるみるプロジェクト特別顧問/医療法人社団インフィニティメディカル前理事長。杏林大学卒業。虎の門病院眼科勤務を経て1993年八王子市で眼科診療所を開設。組織を拡大し医療法人インフィニティメディカルの下に4か所の診療所を経営していたが2020年に医療法人経営を後進に委譲して退職。日帰り白内障手術2万件以上の豊富な経験を持ちリタイア後もフリーランスの眼外科医を継続。毎月100例以上の白内障手術を執刀し続けている。趣味は眼科手術の研究と65歳から始めた乗馬。
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