情熱夜話【IOL度数計算の歴史】₋書き起こし後編

視能訓練士さんの多くが業務の一つとして白内障術前検査を担当されています。

みるみる特別顧問近藤義之先生は、白内障手術執刀歴40年近くの熟練サージャンです。若手視能訓練士や学生の方々に、今に至る術前検査(IOL度数計算)の歴史についてわかりやすくトークいただいた後編です。音声配信でお聴きいただるほか、書き起こし記事でもお読みいただけます。

目次

情熱夜話③アルコンが来たぞ

鈴木)前話のカールツァイス一強。これでいいのか問題。

近藤)IOLマスターですね。ここに殴り込んできたのがあの眼科業界の雄 Alconアルコン

鈴木)海外の学会行かれた方はわかると思うんですけど、とにかく眼科といったらまずアルコン。このアルコンが…というところからお願いします 。

ARGOS®殴りこみ

近藤)日本のサンテック1santec、これは愛知県にある光学系技術を持つ企業です。その企業が何をトチ狂ったか(笑)2016年眼科業界に殴り込みをかけました。サンテックはSS-OCT2(Swept Source OCT®)用光源の部品開発製造をやっていたんですけど。なんと自分の会社の製品としてARGOS®(アルゴス)という眼軸長測定装置を作ってしまい2016年に日本で発売開始しまして。発売時に学会場で僕も見に行ったんですね。

なんかこれすごいなっていう感じがしたんですよ。

原理とか全然わかってなかったんだけど…

なんか日本もやるじゃん!すごいのを作ったらしい!

そういう印象を持ちました。

そのサンテックが2019年アメリカのFDAの認可取得しました。要するにジャパンメイドの眼軸長計測装置が世界に出たという状況になったのです。その性能に目をつけたのがアルコン。FDAを認可取得した翌年にアルコンはサンテックと業務提供3しまして、白内障手術ガイドシステムベリオン ARGOS ® ver1.54が登場しました。

ベリオンという術中ガイダンスシステムにアルゴスを組み込んだシステムで発売を始めたんですよ。

鈴木)とうとうベリオンと。

近藤)白内障手術する際に特にトーリック眼内レンズ、入れるときに乱視の軸をどうするかというのは非常に重大な問題。5度ずれると見えかた変わっちゃうという状況でいかに正確にその眼内レンズ軸を合わせるかいうのがテーマになってきた。

そういう時代背景でカールツァイスはIOLマスター500と術中ガイダンスを組み合わせてZEISS Cataract Suiteというシステムを発売。それに対抗する形でアルコンが殴り込んだわけです。

ARGOS®のすごいところは計測の素早さ、計測回数/再現性 全部優れてましたがさらに進化したところは眼軸長を測るときに角膜/房水/水晶体/硝子体網膜と4つぐらい要素があるわけですけど、その4要素それぞれの屈折率を全部代入して計算してくれます。

今までは眼軸長計測の場合、仮想の屈折率要は各マークから水晶体が全部 平均するとこのぐらいだねっていう屈折率計数を決めて計算をしたんですけど。いちいち全部屈折率を分解して計測してそれでまあ他のメーカーに追従を許さない正確さ眼軸長データを取得できるようになったということで。

“そこまでこだわるべきなのかどうか”という点はありますが、あとは使い勝手の問題とかあって今はカールツァイス派/アルコン派というふうな感じで分かれていますけれども。

術中ガイダンスの時代

どちらもただ眼軸長を測って眼内レンズ計算して、はいレンズ用意しました入れます、ということだけじゃなくて術中のガイダンスと組み合わせた。もうそういう時代になってしまった。

鈴木)この術中のガイダンスとんでもない革命ですよね。術中に計測とか、検査室と手術室が一体化しているような感じですね。

近藤)まさにその通りで、ARGOS®(アルコン)の場合外来で検査⇒そのデータをもちろん眼内レンズ度数決定に使うわけですが、そのデータをオペ室に送っちゃう。そのデータで良いかどうかこんどは術中計測をしたりとか、あるいは眼内レンズの向きはこの向きで入れてくださいねというガイダンスを出してくれたりとか。そういうことでトーリックにしても多焦点にしてもすごく精度が上がりました。

鈴木)すみません振り返りになりますが、術中に急きょ、度数を替えるということも起こり得るようになったということになるんでしょうか。

近藤)そうですね。アルコンのシステムで言うと最初に外来で計測してIOL +21.5Dを用意してくださいとサジェスチョンを出してきたとします。そうするとその前後0.5Dぐらいずつのレンズを用意しておいて(実際の運営ではあらゆる度数レンズを棚に取り揃えておいて)実際計測してみたら+22.0Dの方がちょっといいかもしれないというふうにサジェスチョンされて、オペ室の棚から+22.0Dのレンズを取り出してこれを開けてこれを入れてください、そういうふうに変わってきました。

鈴木)その手術中に度数の変更という…これあの私も最初に知ったとき本当にびっくりしました。そんなことがあり得るのかっていう(笑)

近藤)結局、最適な度数を患者さんに使用したい。できるだけ術後の裸眼視力を出したい。そのために多焦点だったり多焦点も遠方の視力を出さなきゃいけない、それから乱視も取り除く努力をと突き詰めていくと、究極の手術は誤差ゼロを目指すわけだからそのために必要なシステム。ただの計測機じゃなくなっちゃう。視能訓練士の皆さんが計測しているデータがそのまま手術室に持って行かれて、それが参考値になり手術中にまたその補正をして使うという、そういう時代になったということですね。

着地精度の進化に

鈴木)お話うかがっていくと、第1話の水晶体を丸ごと取るという時代たくさんご苦労あったと思うんですけど、例えばゴルフでティーからドライバーで飛ばしてグリーンに近づけばいいよねというスケール感から、ワンパッドで沈める繊細なパターの技術になったような変化を感じます。

近藤)もうとにかく誤差をゼロにしなきゃいけないと。ワンパッドで沈めないと100万失うぞ!2パッドありえねぇというプロゴルファーの感覚。ましてや3パッドなんて…僕は実際のゴルフではよく3パッドやりますね(笑)冗談ですけど。

鈴木)さてこの音声聞いている方は主に検査室で、術前検査を担当する視能訓練士の方が多いのですが、術中計測するとはいえやっぱりその前段となる検査室での検査は当然とても重要ですよね。この重要性が失われることはないわけですが…ちょっとコメントいただけますか。

近藤)まあ適切な例かどうかわかりませんけど、アメリカの眼内レンズ屈折矯正学会があるときコメントを出しました。多焦点眼内レンズを入れる患者さんについてはドライアイがあるかないか。あるんだったらドライアイを治してから計測しなさい、それだけ誤差が出るから!というものでした。

鈴木)そんなことが言われたんですね。ということで次回は、ドライアイとか角膜の状態が屈折矯正手術とも言ってもいい眼内レンズ白内障手術に及ぼす影響、そういったところのお話につなげていこうかと。これはですね、将来ちょっと本にしたいという野望でラジオ録っておりますので、みなさんあのまた次回も聴いてください。

情熱夜話④保険診療内は無理ゲー?

振り返り知識のチカラ

鈴木)先生、振り返りのお話しを聞くって、わたし実はどんな分野でも好きでして。というのがいろんな技術が進化した果てに今があるわけですよね。いまが最先端だから。ところが最先端だけ知ってる人って、自力がちょっと弱いのではって思っておりまして。

近藤)はい。 知識の厚みが足りないという感じですかね。

鈴木)いざとなった時にあれ⁉って、どんなケースでも悩むと思うんですが、その時に振り返りの知識っていうのが、今を繋げる、自力になるっていうのが私の信条なんです。先生のお話聞いて盛り上がってる第4話目ということでよろしくお願いいたします。

角膜計測も超重要

近藤)ありがとうございます。最終第4話、術前検査において大事なところということですね。

眼軸長計測、目の奥行きを計測するというAモードから、今のSS-OCTで計測するところまで来ましたが、実は角膜の屈折率もすごく大事なんですよ。比率で厳密に計算すると影響力は分かるんですけども、角膜の屈折率が違っちゃうと、いくら奥行きがしっとり計算できたとしても、もうそこで眼内レンズの度数は0.5D~1.0D変わってしまいます。 なので角膜の計測これはすごく大事です。

視能訓練士さんが検査するときに、お年寄りで目が開かない方とかいらっしゃいますね。それを開けないと計測できないから開けるわけですけど、開け方を間違うと乱視がある眼にしてしまったり屈折度数も変わってしまったりするので、角膜の屈折度数も測っているという意識を持って検査にあたっていただきたいと思っております。

鈴木)視能訓練士は単なる技術者では全くなくて、コミュニケーション能力をとても問われる職種ですよね。術前検査のお話にも繋がる部分ですね。

近藤)はい。 以前みるみるセミナー5でもお話させていただきましたけれども、やっぱり計測する対象は機械じゃないから、生きている人間さま、患者様ですね。 そしてその方の付属器官(眼)なわけで。

それを無理やりこじ開けて計測するか、 それともコミュニケーションをとってリラックスしてもらった状態で

“ちょっとお手伝いしますね”

“ ちょっと目を上げますね”

という感じで計測するかで、やっぱり微妙な誤差が変わってくると思います。

屈折矯正に“なってしまった?”

鈴木)先生ここまでお話しされて、先生ご自身の感想といいますか、そのあたりあらためてお話をいただけますか。

近藤)本当に僕が手術を始めた頃って、とりあえず手術を無事に終えて、トラブルを起こさずに終えて傷をちゃんと縫って、それで終わればよかったんです。それが乱視を減らすためにだんだん縫わない手術になってきました。 そして乱視補正できるレンズも出てきました。 多焦点レンズも入ってきました。

そうなってくると、究極のゴールというのは、いかに裸眼視力を出せるか、いかに精度を高めるか、という時代に変わってきちゃったんですね。白内障手術の業界では、リフラクティブカタラクトサージャリーという言葉が使われました。

鈴木)屈折矯正手術

近藤)はい。白内障手術=屈折矯正手術。 いかに裸眼視力を出すか、いかに解像度を出すか、いかに快適な視力を出すか、というところがゴールになってきた。ただ手術をきれいにしました/眼内レンズを入れましたではなくて。結果がどうなんだというところまで精密に求められる時代になってきてしまったなと。なってきてしまった、という感想もあるような。

非常に厳しい世界ですよね。 昔の医者は失敗しなきゃよかったんですよ。 “私失敗しませんから”(ドクターX)と言って、失敗しなきゃよかったんです。

だけどいまは手術は成功しました。でもちょっとこの乱視がね、斜めに光が走るんだよね。よく見えてるよ。よく見えてるけど、もうちょっと見えたいなとかね。 もうそういう贅沢な時代に来ちゃってますね。

しかも日本の場合は保険診療でそれをやらなきゃいけない状況になってきて。非常に眼科界としては辛い時代が来ました。

保険診療内というツケ

鈴木)昔から手術前の緊張感は変わらないと思いますが、とにかく求められる要求レベルがものすごい高い。

近藤)特にトーリック眼内レンズが出たとき、そういうのを感じたんですよね。眼科医療のチーム力の必要性とかも含めて。保険診療でやる白内障手術といえば、とりあえず屈折・度数誤差がなければよかった。ところがトーリック眼内レンズが出てきたために乱視をできるだけ減らさなきゃいけない。

それを保険診療で日本ではやっている。アメリカでは、トーリック眼内レンズを使う手術は特別な手術ということで単なる白内障手術とは差があるんですよ。

トーリック眼内レンズが日本に導入されるという話を聞いたときに、君たちプレミアレンズとして絶対高くしろよと。 この技術は高い技術なんだという風にしろよと、アドバイスしたんですけど、日本のメーカー海外から輸入しているメーカーの人たちは、レンズを売りたいがために保険診療に組み込んでしまった。そのツケが僕ら(眼科医)に回ってきている。

鈴木)保険診療内でここまでやらなきゃいけないのかという要求レベルですね。 だんだん無理ゲーに近い感じに

近藤)でもそれを求めることは、本当に患者さんの幸福に通じることだし、非常に大切なことだと僕らは思っているし、多分大多数の日本のサージャンもそういうふうに考えていると思う。

その労力が金銭的に評価されないわけですよね。それはちょっと矛盾かなと。昨今は医療費を上げるなと大号令が日本中に飛んでおりますが、せめて白内障のプレミア手術は評価してよというのが個人的な感想でございます。

自費診療でトーリックレンズを使いますか?使いませんか?という選択肢を残しておけばよかったんですけどね。メーカーの製造現場だって、今までは度数の誤差があったら跳ねればよかったのが、度数の誤差に加えて乱視度数がちゃんと入っているかどうかでまた跳ねなきゃいけないわけなので、製造コストも上がってきているはずだと思います。

歴戦ドクターならではのお話を

鈴木)まず度数計算だけでもこれだけ盛り上がったこのシリーズですが。今回度数計算だけでやっぱりこれだけね、背景というのが見えてくるお話というのは本当に楽しいなと私あらためて思いました。

近藤)こういうヨタ話みたいなヒストリーですけど、そういったことを視能訓練士の皆さんが聞いていただいて、そして自分の仕事の潤滑剤にしていただければ幸せでございます。

鈴木)ありがとうございます。 決して斜視弱視だけがみるみるではございません、白内障は重要な眼科のファクターでございますのでね。近藤先生これからもちょっと眼内レンズそのものの歴史編とか開業医お悩み編とか、手術者のお悩み編とかいろんなお話をお願いしたいと思います。ありがとうございました。みるみるプロジェクト、鈴木でした。

近藤)はい、近藤でした。

  1. santec 愛知県小牧市本社。医療機器ブランドMOVUを展開。 ↩︎
  2. Swept-Source-OCT (santec技術原理ページ) ↩︎
  3. santecニュースリリース2019.05.02 ↩︎
  4. santecニュースリリース2020.08.03 ↩︎
  5. 第6回みるみるセミナー特別講演【ベテラン眼科医が期待する視能訓練士のチカラ】2022.9.9 ↩︎

近藤義之 PROFILE

1955年東京都生まれ。日本眼科学会認定眼科専門医/一般社団法人みるみるプロジェクト特別顧問/医療法人社団インフィニティメディカル前理事長。杏林大学卒業。虎の門病院眼科勤務を経て1993年八王子市で眼科診療所を開設。組織を拡大し医療法人インフィニティメディカルの下に4か所の診療所を経営していたが2020年に医療法人経営を後進に委譲して退職。日帰り白内障手術2万件以上の豊富な経験を持ちリタイア後もフリーランスの眼外科医を継続。毎月100例以上の白内障手術を執刀し続けている。趣味は眼科手術の研究と65歳から始めた乗馬。

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