子どもたちの眼を守り育てる情熱をもった方々。
今回は
星和台幼稚園(北九州市)成定 澪 (なりさだ)先生と
平良美津子視能訓練士の対談(前編)をお届けします。
成定先生は園児たちの目に対しても意識が高く
幼稚園教諭向け眼の研修会にお招きいただきました。
先生ご自身の弱視治療経験も交えた対談です。

平良(平良)成定先生ありがとうございます。先日、幼稚園協会で研修講演させていただいた際に、先生ご自身の経験や想いを聞きあらためて詳しくお話をうかがいたいと思いまして。きょうはよろしくお願いします。



(成定)こちらこそお願いします。私の弱視治療経験がこれからの子どもたちのために少しでも貢献できればと思っております。
視力に左右差が
平良:先生ご自身が弱視治療を経験されたのですね。
成定:私が弱視と診断されたのは入学直後 小学校1年時の学校健診がきっかけでした。
視力に大きな左右差ありと指摘され、母に連れられて病院を受診しました。
左目は視力1.0以上あるのですが、右目の視力は0.1ぐらい。左目は少し遠視だけれど右目にはもっと強い遠視があり、不同視ということで治療することになりました。視力が弱い右目は斜視もあったようです。
平良:お話聞く限り、機能弱視のうちの「不同視弱視」のようですね。屈折異常(遠視や近視、乱視)に左右差があること(=不同視)でおこる弱視で、片方の目は年齢並みに視力が発達しているけれど、もう片方の目の視力は年齢並みに発達していないというものです。


成定:実は通っていた保育園でも頻繁に視力検査があったんですよ。なのに特に指摘されませんでした。
また、母は看護師でしたが弱視とは思いもしなかったようです。
ただ とても転びやすいという特徴がはっきりしてたそうで
母は私の様子に「どうもおかしい」と感じていたようです。
明らかに段差や石があるところにあえて向かって行って引っかかり転ぶ。手を繋いでいる母もよく巻き添えを食らって一緒に転んでしまうと言っていました。
いま思えば 遠近感 がとれてなかったのだろうと思います。


それとテレビをよく寝転んで見ていました。
いま思えば、見えにくい右目を下にして
見やすい左目だけで見るようにしていたのかも知れません。
平良:実は不同視弱視は見逃しが本当に多いんですよ。
小学校高学年や中学生で見つかる子もいます。
私たち昭和の世代と違って、近年これだけ各種健診が充実しているのに、それでもすり抜けて遅く見つかる子がいて驚きます。
精密な視機能を獲得する年齢には限りがありますから
いつも言うようにとにかく早期発見。
在園中に必ず見つけたいところです。
テレビを寝っ転がって見ていたお話は、見えにくい部分を補うために無意識にした姿勢(代償性頭位)かも知れませんね。
頭を傾けたり 顔を特定の方向に向けたりする姿勢のことで
私たちは「見えにくさのサイン(癖)」としてよく紹介しています。
「よく転ぶ」も見えにくさのサインとして挙げられる特徴です。
眼科医との出逢い
平良:弱視診断された病院はいかがでしたか?
成定:北九州市内の総合病院を受診しました。初めて見る器械がたくさんあって、暗室でいろんな検査をした記憶があります。
特に感謝しているのはそこの眼科医の先生(男性)。
母に「どうも無口で気難しい先生らしい」と聞かされていたので緊張してたのですが、初対面からこの先生ととても気が合ったんです。
どういうわけか、先生とキャッキャお喋りして、先生もよく笑ってくださって。
この先生に小学校卒業頃まで治療でお世話になりました。



私が弱視治療に苦手意識を持たずに済んだのはあの眼科の先生のおかげ、と今でも感謝しています。



素敵な眼科医と出逢われたのですね。苦手意識を持たずに治療に取り組めるように…私も外来で常に意識するところです、リスペクトします
なぜ睨むんですか
成定:もうひとつ忘れられない経験がありました。
弱視が見つかってすぐの頃、お手紙交換の授業があり
同じクラスの男の子にお手紙をもらいました。
とっても嬉しくて すぐ読んだのですが
「成定さんはなぜ僕を睨むんですか」
と書かれていました。
えええっ!?
私、ビックリして、なんでなんだろう?
そんなつもりないのに…と。
そこに担任の先生が来て読んでくださり
クラスのみんなにこう言ってくれました。



「成定さんの目は左右の視力にすごく差があります。だからよく見える方の目で一生懸命見ようとするから、顔も身体も傾くことがある。決して睨んでいるのではなくて、それはよく見ようと思っているサインです」
担任の先生はたぶん私の様子をしっかり見ていて、母ともよく話して眼の事までよく理解されていたんですね。
このとき先生は
その男の子を責めるわけでもなく、仲裁でもなく、
みんなを叱るでもなく、クラスのみんなが自然に
「へ~そうなんだぁ」と納得する話し方でした。
なにしろみんなの真ん中で私自身が
「へ~そうなんだ」と感心したくらいですから(笑)
先生のおかげで 私はその男の子に「ひどい」という感情も一切持たずに済んだし、男の子も自分の主張が否定された!というネガティブな雰囲気には全然ならなかった。
先生の知識と言葉の魔法。
いまでもその時のクラスの雰囲気や先生のお名前も全部はっきり覚えていて、先生に感謝しています。



だから私は、(園や学校の)担任の先生には、見えかたや眼の知識を持ってもらいたい、って思うんです。



まさに!とても共感します。治療訓練の主な舞台は日常生活にあります。担任の先生にご理解いただけると本当に心強いですね。
めがね屋さんに教えられたコト
成定:初めての治療眼鏡は百貨店内のメガネ屋さんで買いました。あの時代は眼鏡が凄く高くて…レンズも恐らくガラス製。


あの頃のメガネ屋さんは
コンシェルジュ感が半端じゃなかったです。
母に「どんなお子さんですか?」と日常の様子や性格まで聞き出して しっかりとアセスメントしてくれました。
とても時間をかけて大事そうに
顔にかけたり調整したりしてくれました。
それと使いかたやお手入れ方法を
凄くしっかり説明してくれて
いかに私にとってメガネが重要なのかを話してくれました。
置くときはレンズ面を上に。
たたみ方はこう…
おかげでいつも母から
「ほら、置くときはレンズを上に!」
と注意されました。
平良:とても素晴らしいお店に出逢われたんですね。
こう言うとメガネ屋さんが怒るかも知れませんが
昔のお店の方がしっかり説明していたように思います。
優秀な眼鏡店なしでは治療にならない。
だからいまの眼鏡店さんに
実践すべきことを実践して欲しいんですよね。
みるみるプロジェクトで作った
「めがねの使いかた」シートは
全国どこのメガネ屋さんでも使ってもらえるよう
ダウンロードページで公開しています。


実はこのシート、
あの頃の丁寧に説明してくれる眼鏡店を
イメージしているんですよ。
コンシェルジュ感が半端なかったというお話は
まさにそうです。
視能訓練士として信頼する眼鏡店とは
子どもの将来を思って説明を徹底的にするとか
一言で言うとプロとしての姿勢なんです。



あの頃のメガネ屋さんはコンシェルジュ感が半端なかった



そのコンシェルジュ感こそ私が信頼する眼鏡店の姿勢です
母に感謝
成定:私の経験を振り返ると、お話ししたようにいろんな方々との出逢いによって助けられてきました。母にも本当に感謝しています。
治療用眼鏡は何本も買いました。とにかく当時、子どもの眼鏡は本当に高かったですし。
平良:いまは治療用眼鏡が健康保険給付の対象ですのでかなり負担軽減されていますが、平成18年からですからね。それ以前は何の補助もなくてご負担も重かったでしょう。
成定:治療が進むたびに買い替えが必要ですが、それだけではなく壊したり無くしてしまったり、ずいぶんと失敗しました。それでも母は即座に新しい眼鏡を買ってくれました。看護師として治療の重要性をよく理解していて、「眼鏡はあなたの目の成長に必要なお薬」とコンコンと言い聞かせてくれました。母のおかげで、何年もかかる治療に取り組めたと実感しています。
平良:おっしゃるとおり弱視や斜視の治療は何年もかかります。何人もの患児が治療卒業していきました。患児たちの治療を振り返ると…本当に良く頑張ったねと…思いが巡ります。(涙)



母やたくさんの先生方に助けられました



周りの大人がみんなで一緒に…それが弱視治療だと思っています




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